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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13425号 判決 1994年10月28日

原告

玉利誠一

被告

東都観光企業株式会社

右代表者代表取締役

宮本繁樹

右訴訟代理人弁護士

高山征治郎

東松文雄

亀井美智子

中島章智

野島正

枝野幸男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二六一〇万三〇〇〇円及びこのうち金四〇〇万円に対する昭和六三年八月五日から、このうち金二二〇万円に対する平成元年二月二八日から、このうち金二二〇万円に対する同年八月三〇日から、このうち金二二〇万円に対する平成二年二月二八日から、このうち金二二〇万円に対する同年八月三〇日から、このうち金二二〇万円に対する平成三年二月二八日から、このうち金二二〇万円に対する同年八月三〇日から、このうち金二二〇万円に対する平成四年二月二八日から、このうち金二二〇万円に対する同年八月三〇日から、このうち金五万一五〇〇円に対する同年九月一二日から、このうち金二二〇万円に対する平成五年三月一日から、このうち金五万一五〇〇円に対する同年七月七日から、このうち金二二〇万円に対する同年八月三一日から、それぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金銭の支払をせよ。

第二  事案の概要

本件は、建設途上にあったゴルフ場施設を開場後会員として利用するため、その経営主体であるカントリー倶楽部と入会契約をし、預託金を支払った原告が、ゴルフ場の開場が予定より大幅に遅れたのは債務不履行である等として、入会契約を解除し、預託金の返還等を求めるものである。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、不動産の賃貸分譲、ホテル及びレストランの経営、ゴルフ場の経営等を事業目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和六三年七月一九日被告との間において、埼玉県飯能市上直竹川崎・苅生地区所在東都飯能カントリー倶楽部(内容ゴルフコース一八ホール、メンバーシップ制、会員数一二〇〇名)への個人正会員としての入会契約(以下「本件入会契約」という。)を、そのゴルフ場施設をビジターに比し有利な条件で利用できること、工事完成は昭和六三年秋の予定であるとの約定の下に預託金金二六〇〇万円で締結し、同年八月四日四〇〇万円を支払い、残金二二〇〇万円については、平成元年から平成五年まで毎年二月二七日及び八月二九日を支払期日とする額面金二二〇万円の約束手形一〇通を被告に交付し、原告がこれらの手形をその各支払期日に決済する旨を約した。これらの手形は、すべてその支払期日頃決済された。また、原告は、被告が請求するため、年会費を平成四年九月一一日及び平成五年七月六日にそれぞれ五万一五〇〇円支払った。

3  被告は一二〇〇名の会員の募集を完了したが、ゴルフ場の開場は予定より遅れた。被告は平成三年七月頃原告を含む会員に対し、「東都飯能カントリー倶楽部視察プレーのご案内」と題する書面(以下「本件案内書」という。)を送り、同倶楽部が完成の運びとなって、七月六日に旧地主及び建設関係者等によって落成式典を挙行したこと、会員に完成のしるしとして記念品と会員名簿を送ったこと、現在芝の育成中であるが、会員に限り七月二〇日以降正式開場迄の期間、定休日を除く午前一〇時から組数を二〇組八〇名に制限して視察プレーをして貰うこととなったのでその案内をすること及びオープン日より名義書換を行うことを通知した(甲四、甲五)。

4  原告は、平成三年一二月一五日と平成四年五月三一日の二回本件ゴルフ場において視察プレーを行った。

5  原告は、被告に対し、平成四年六月二九日到達の書面をもって、ゴルフ場開場の催告を行い、同年七月二二日到達の書面をもって、本件入会契約を解除する旨通知した。

6  被告は、平成四年七月頃原告を含む会員に対し、苅生側進入路となる飯能市道苅生四―三号線の拡幅工事が遅延していたが、八月末日をもって完工し、九月一日から開通することとなったこと、埼玉県の完了検査を全て終了したこと及びスタート時間も午前八時となり、ビジターの同伴も自由となったことを通知した(甲六)。

7  原告は、予備的に、被告の本件入会契約上の債務の履行遅滞又は不完全履行を理由として、平成五年一月二五日の本訴第四回口頭弁論期日において、同契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

1  本件ゴルフ場は、平成三年七月二五日をもって開場したといえるか。開場は、予定された時期よりどれ程遅延したか。

2  平成三年七月二五日から平成四年九月一日までの間(以下、この期間を「本件期間」という。)の本件ゴルフ場の利用状態は、入会契約の債務の本旨に従った履行といえる程度に達しているか。

3  本件ゴルフ場の当初のパンフレットに掲載されたコース・レイアウトと、現実に採用されたコースレイアウトの相違をもって、入会契約の債務不履行といえるか。

4  原告は、右1の開場の遅延、右2の不完全な履行又は右3のコース・レイアウトの相違が被告の債務不履行であるとして本件入会契約を解除することができるか。

三  争点に関する原告の主張

1  争点1及び2について

被告が本件ゴルフ場の工事を昭和六三年秋とした以上、入会契約における開場予定時期は、昭和六三年秋である。一方本件ゴルフ場の開場は、善意に解釈しても平成四年九月一日であって、予定より四年も遅れた。その遅延の程度は社会通念上許容される範囲を越えている。

平成三年七月二五日以降会員に視察プレーを行わせたことをもって、開場ということはできない。その理由は、次のとおりである。

(一) 被告は、本件案内書において、視察プレーと正式開場を区別し、視察プレーは正式開場までの期間に行うものであると断っている。正式開場であれば、その旨の告知が必要であるが、被告はその告知をしていない。

(二) 一般にゴルフ場は、午前八時からプレーが開始でき、ビジターを同伴できるものでなければならない。本件期間内における利用は、プレー開始が午前一〇時であり、二〇組八〇名という限られた人数による視察プレーしか許容されず、ビジターの同伴はできなかった。このような状態における利用は、契約上の債務の履行とはいえない。

(三) 会員に利用させるゴルフ場施設は最低限法的要件を満足したものでなければならないが、本件ゴルフ場は本件期間内都市計画法上の工事完了検査が未了であったから、法律上完成されたものとはいえない。

(四) 被告は、譲渡可能な預託金会員制のシステムで入会契約を締結したのであるから、募集終了後か少なくとも開場後は会員権譲渡に伴う会員名義の書換えを開始する義務がある。しかし、その受付を開始したのは平成四年八月三日からであって、本件期間内ではなく、その点からも、平成三年七月二五日を開場時点とはいえない。

(五) 原告が視察プレーを行った平成三年一二月一五日においても、本件ゴルフ場は下赤工地区方向からの道路からしかそこへ至ることができず、コースは芝も満足にない岩肌の露出した状態であって、高低差が大きく、その各所において工事が行われ、トラックの走っている中でプレーを行うものであって、満足にゴルフを楽しめる状態ではなく、このような状況において、本件ゴルフ場において会員に視察プレーをさせたからといって、開場であるとすることはできないし、被告の債務を履行したことになるものではない。

2  争点3について

被告は、契約時に入会申込者に対し、パンフレットに「おおらかで戦略性に富むコースレイアウト」、「高低差一〇メートル以内と、たいへんフラット」等と記載していた。パンフレットにコースのレイアウト及びその高低差が具体的に記載されれば、契約者は、その記載内容を判断基準として契約するから、その内容は一応契約内容である。契約者に、パンフレットを示して勧誘しておきながら、都合が悪くなると契約内容ではないと主張するのは商取引上の信義に反する。本件ゴルフ場のコースは、パンフレットに記載のものと比較すると、レイアウトにおいて全く同一性がないし、高低差も二〇メートル以上あって倍以上異なり、狭いホールが多く、無理に折れ曲がったレイアウトのホールがあるなど、契約内容と異なるものであり、被告には、この点においても債務不履行がある。オープン後に改造を行っているからといって、契約違反が治癒されるものではない。

3  争点4について

原告は、開場が四年近くも遅れるのであれば、他のゴルフ場を選択し、被告と入会契約をしなかった。

入会契約において、原告と被告との間に入会後のゴルフ場会社と会員という継続的関係は発生しない。

右1のような開場の遅延は、被告が全く不可能な開場期日をパンフレット等に表示して入会者を勧誘したこと及び被告が地権者や地元住民の意向を充分調査しないまま工事に入ったため、道路や調整地の用地買収が思うように進まなかったことによるものであって、これらのことは、原告が被告と会員契約を締結した当時被告には予見可能であったから、これは被告の責に帰すべきものである。

四  争点に関する被告の主張

1  争点1及び2について

(一) 被告は会員募集の際、完成を六三年秋予定としていた。完成とは、ゴルフ場施設の工事完成をいい、完成してもすぐプレーをすることはできず、芝や植木の活着のため、更に一年から二年置くのが通常である。したがって、本件会員契約を締結した当時の開場予定は、平成元年秋であった。

(二) 工事は、平成三年三月下旬に完成し、同年七月六日落成記念式典を行った。芝張りは平成二年九月に完了し、活着途中であったが、会員の希望が強かったので、平成三年七月二五日に開場し、原告を含む会員にオープンの通知をした。この開場に際しては、「開場」とせず、「視察プレー」という用語を使用したが、これは県の指導で、完了公告前に使用しないことが、開発行為変更申請の許可条件とされていたため、県を刺激しないように配慮したことによるものであり、開場であることに変わりはない。会員が一八ホールでプレーできる状態であったかどうかの実質で判断すべきである。

(三) 当時会員は、下赤工地区側の林道から本件ゴルフ場に来場できるようになっていた。どの道を通ってゴルフ場に至るかは入会契約の内容ではない。ビジターの同伴はできなかったが、その同伴は本件入会契約において保障された権利ではないから、その可否と開場時期とは関係がない。また、何時からプレーできるかは、ゴルフ場の管理運営の問題として、被告の判断に任されており、二〇組であれば、一〇時からのスタートであっても会員が一八ホール回ることに支障はなかった。会員は、このように本件ゴルフ場に来ることができ、一〇時からではあっても、一八ホールでプレーすることができたのであるから、実質的にこの時から本件ゴルフ場は開場したというべきである。なお、被告は、平成三年七月二五日から会員権譲渡に伴う会員名義の書換えを開始している。

(四) 被告は、平成四年七月六日に県知事から開発行為の工事検査済証の交付を受けているが、開場と都市計画法上の完了検査の終了とは無関係である。実質的にも、完了検査を受けられなかったのは、苅生地区側から本件ゴルフ場へ至る道路の工事が完了していなかったことによるが、既に平成三年二月頃には下赤工地区側から本件ゴルフ場へ至る林道は完成されていたので、会員が来場してプレーするのに支障がなかった。県税事務所は、平成三年八月一日頃本件ゴルフ場をゴルフ場利用税の徴収に関して調査し、開場と認定した。被告は、同年九月一日から同税の納付をしているが、同年八月分は、来場者数が少ないことや等級が未定であったためにその納付を免除したものに過ぎない。

2  争点3について

パンフレット記載のレイアウトは、会員募集当時のゴルフ場経営会社の計画ないし構想を示すものであって、契約内容ではない。仮にそうであるとしても、現実に完成したレイアウトは、社団法人日本女子プロゴルフ協会等から社会的に評価を受けており、更に改善の努力が続けられている。

3  争点4について

(一) 右1によれば、開場は当初予定である平成元年秋より約一年一〇カ月余遅延したことになる。その主な原因は、次のとおりである。

(1) 進入路の市道完成の遅延

本件ゴルフ場の進入路(ハウス直前の四〇メートルを除く。)は、一般市民が利用する苅生地区と下赤工地区を結ぶ通り抜け道路(市道、林道)(飯能市道苅生四―三号線、以下「市道」という。)として建設され、その市道部分の用地買収と工事は、飯能市が行い、林道のそれは飯能市森林組合が行う約束で昭和六一年四月当時開発許可が出されていたものであり、その当時市の交渉により、地権者は一名を除き、全員道路用地の売渡しと工事を承諾しており、その一名も小学校の校長であって、交渉は難行せず、買収や工事が実現することはほぼ確実と予想されていた。ところが、その一名は買収に応じず、市は被告の請求にもかかわらず、積極的に買収交渉をしなかった。その地権者の所有地を含む開発区域外にある市道の建設が遅れたため、開発区域外の市道と同区域内の市道の位置が定まらず、そのため工事用仮設道路を臨時に開発区域内の既に完成したホール上に設置せざるを得ず、開発区域内の市道の工事も遅れることとなった。その後被告の働き掛けにより、市は被告の施工を認めたので、平成四年二月二七日から着工し、同年八月末日には前記一名を除いた部分の長さ約九〇メートルの拡幅工事を残して完成し、その後その一名も買収に同意したことによって、同年一一月から一二月にかけて工事を行い、全ての市道の拡幅工事を完了した。

(2) 調整池予定地の設置計画の変更による遅延

調整池予定地七〇〇〇平方メートルの中心に在る土地五〇〇〇平方メートルを所有している地権者は、本件ゴルフ場の会員募集当時買収に応じる意思を明らかにしていた。しかし、その後その地権者は、買収拒否に転じ、高額の買収価格を提示するようになったため、被告は平成元年七月にはその買収に見切りをつけざるを得なかった。そこで、被告は、県に対し、開発区域の変更及び調整池の設置場所を変更する許可申請を行って、その許可決定を得た後、親たに九万八〇〇〇平方メートルに及ぶ土地を買収し、三ヵ所に分けて調整池の設置工事を行った。その工事を開始したところ、下流区域に当たる地区の住民から池が民家に近すぎ、危険であるとの理由で反対運動が起きた。その設置について安全性に問題はなく、このような運動が起きたのは全く予想外のことであった。被告の説得にかかわらず、住民の納得が得られなかったため、被告は、堰堤の高さの変更や移動等を行って解決せざるを得ず、調整池の完成は遅れた。また、被告は、県の行政指導により、調整池の工事完了までコースの切盛土木造成工事を行うことを禁じられていたため、その工事も遅延を余儀なくされた。

(3) 排水溝に関する誤った行政指導及び異常気象による遅延

被告は、県から、排水溝を全て開渠にするよう行政指導を受けた。しかし、開渠では排水が飛散し易く、土砂の流出によりU字溝が抉り取られてしまう。そのため、被告は県に暗渠に変更することを求めたが、許可されなかった。その間異常な長雨や台風の相次ぐ上陸があり、排水溝が破壊されたため、その都度工事をやり直さざるを得なくなり、排水溝工事は予定より一年余遅れ、平成二年九月になって完成した。

(二) 本件の開場の遅延は二年に満たず、この程度の遅延はゴルフ場建設工事の特殊性に伴う相当期間内のものであって、これについて被告に債務不履行の責めを負わせるべきではない。仮に相当期間を経過しているとしても、その責めを負うべきは、右(一)のとおり地権者に対する買収交渉を怠った市である。

また、本件ゴルフ場の開場が遅延した理由は、右(一)のとおり、いずれも被告の予見不可能かつ不可避なものであり、これに対し、被告は、速やかな開場のためあらゆる努力をしており、この遅延は、社会通念上相当と是認される程度のものというべきである。

(三) ゴルフの入会契約は、優先的施設利用権の行使と年会費の支払義務の履行が毎年繰り返される継続的契約関係であって、本件においては、そのような関係において信頼関係が破壊されるに至っていないというべきである。

(四) 仮に、原告が開場遅延を理由に本件入会契約を解除することができるとしても、被告は原告に対し、平成元年二月頃から開場が平成三年になることを予告していたのに、原告は、三年四ヵ月を経過した平成四年六月に至るまで何ら異議を述べることをせず放置してきた。原告は、平成三年七月二五日から会員として優先的にプレーをすることができるようになり、現に原告も視察プレーを行っている。原告は、本件会員権を譲渡することによって投下資本を回収することができるが、原告の解除権行使が認められれば、他の会員からも同様の請求を受けることとなり、回復し難い損害を被ることとなる。したがって、本件解除権の行使は、権利の濫用として又は信義則に反するものとして許されない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

(一)  建設予定のゴルフ場を会員が何時から利用できるようになるのかすなわち開場の時期は、入会契約がその利用を目的とするものである以上、契約の重要な内容となっているというべきである。

(二)  建設予定のゴルフ場において、一般に「完成」という用語は、通常は工事の完成を意味するものであろうから、この用語の使用された時期が直ちに開場の時期を意味することにはならないことは明らかである。工事が完成し、施設は用意されても、客の接待のために必要な什器備品の整備、物品や人員の体制を整える等のいわゆるソフト面の補完が必要であろうから、それにはある程度の期間が必要なはずである。また、弁論の全趣旨によれば、ゴルフ場においては、植えた芝が土地に定着し、プレーにかかわらず自生するようになるまでにも相当期間を必要とするものと認められる。甲第一号証の被告取締役会長の「ごあいさつ」と題する書面にも、昭和六三年秋の完成を目ざし、本件カントリー倶楽部を造成中であると記載されていて、その文脈からいっても、注意深くこれを読む者は完成後ある程度の期間が経過すれば開場されるものと理解するであろうと考えられるのである。そうすると、完成を昭和六三年秋と表示した本件ゴルフ場についての入会契約においては、開場の時期は完成時から相当期間経過後と約束されたものとみるべきである。その相当期間は、前記のとおり整備に通常要すると考えられる期間と、会員が一刻も早い開場を期待していることとを考え併せれば、少なくとも半年であると認めるのが相当であるから、契約上本件ゴルフ場の開場予定は平成元年六月一日ころとされていたものと認められる、被告は、昭和六三年一月号の雑誌記事(乙三一の一、二)に本件ゴルフ場のオープン予定を昭和六四年秋とする記載のあることを指摘するが、そうであるからといって原告との入会契約においてそのような開場時期が合意されたと認められることにならないことはいうまでもない。

(三)  ゴルフ場の「開場」とは、会員がそこで支障なくゴルフをプレーすることができるようになった状態をいうものであることは何人も承認するところであろう。原告は、開場というためにはゴルフ倶楽部が開場すると告知することが必要であるという。しかし、会員が本件ゴルフ場でプレーすることができるためには、そこでプレーすることができることを了知できれば充分であって、正式開場の告知というような形式が必要であると解することはできない。

(四)  弁論の全趣旨によれば、一般にゴルフ場は、午前八時以降スタートが予定されていると認められるが、スタートが午前一〇時からとされたとしても、スタートした会員が支障なくプレーすることができるのであれば、そのようなスタート時刻によって運営されているゴルフ場が「開場」していないとすることはできない。もっとも、このようなスタート時刻を採用したため、多数会員が希望どおりの日にプレーすることができない状態となっているというのであれば、支障のない状態にあるとはいえないであろう。この点を本件ゴルフ場についてみると、証人坂入國保の証言および弁論の全趣旨によれば、本件期間内、本件ゴルフ場においては、会員二〇組八〇人に限ってプレーをさせることとし、会員らは、その定めに従って、予約をし、プレーを行うことができたものと認められるから、会員がプレーするのに支障のある状態であったとは認められない。

(五)  弁論の全趣旨によれば、一般にゴルフ倶楽部の入会契約においては、最低限会員がコースでプレーすることのできることが契約内容であって、会員がビジターを同伴することができるかどうかは、特にそれを約した契約条項のない限り、それができれば望ましいものではあっても、契約内容であるとすることはできないことが認められる。本件入会契約には、会員がビジターを同伴することができることを約した明文の条項は存在しないから、本件入会契約においても、会員がビジターを同伴できない状態であるからといって、会員が本件ゴルフ場において支障なくプレーすることができない状態にあるとすることはできない。

(六)  被告が、埼玉県知事から本件ゴルフ場に関する都市計画法に基づく開発行為に関する工事が同法二九条の規定による開発許可の内容に適合している旨の通知を受けたのは平成四年七月六日であったことが認められる(乙二)。会員がゴルフ場において安んじてプレーすることができるためには、ゴルフ場の開場と運営に必要な行政上の手続の全てが終了していることが望ましいことはいうまでもないことである。しかし、このような行政上の手続と、入会契約上の債務の履行とは別個の事柄であるから、手続が終了していない結果会員のプレーに支障が生じたというのであれば格別、そうでない限りは、手続が終了していなかったからといって、直ちにゴルフ場が開場していないということにはならない。証人坂入國保の証言によれば、埼玉県の担当者は、前記適合している旨の通知を出す以前において、本件ゴルフ場に調査に訪れており、会員が現にプレーをしているのを承知していたが、特にその中止を要求するなどのことはしなかったことが認められ、その他に本件期間中行政上の手続が未了であるため会員のプレーに支障が生じたことを認めるべき証拠はない。

(七)  本件ゴルフ倶楽部においては、譲渡可能な預託金会員制であるとの約束で入会契約を締結しているから、一定時期以後は会員権譲渡に伴う会員名義の書換えを開始する義務があるというべきである。しかし、その書換えを何時から実施するかは、実質上譲渡を著しく困難とするような、入会契約を締結した趣旨を損なうような時期を選択するのでない限り、被告の裁量に委ねられた事項というべきである。本件においては、被告は平成三年一一月七日には会員権の名義書換えをしており(乙五七、乙五八の一)、平成三年七月に会員に配付した案内には、「オープン時」より名義書換えを行うこと及び名義書換料を記載している(甲五)。ここにいう「オープン時」とは何時のことをいうのかは記載自体からは明らかではないが、当時会員権譲渡を希望する者は、そこに具体的な名義書換料が記載されているところから、同月二五日以降書換えができるかも知れないと考え、被告に照会するものと考えられる。そして、現に本件期間内に名義書換えが行われているところからすれば被告は、乙第二五号証において坂入國保が陳述するとおり、同月二五日以降名義書換えをすることとしたものと認められ、この時期の選択は、入会契約の趣旨を損なうものとはいえないことが明らかである。

(八)  本件期間内における本件ゴルフ場の状況について、原告は、原告が視察プレーを行った平成三年一二月一五日においても、本件ゴルフ場は下赤工地区方向からの道路からしかそこへ至ることができず、コースは芝も満足にない岩肌の露出した状態であって、高低差が大きく、その各所において工事が行われ、トラックの走っている中でプレーを行うものであって、満足にゴルフを楽しめる状態ではなかったと主張する。しかし、甲第二二号証の原告本人の陳述および原告本人尋問の結果によっても、原告は本件期間中の視察プレーにおいて、快適であったかどうかはともかくとしていちおう一八ホールをプレーしており、特段の支障があって、プレーを中断したり中止したりしたことはなかったことが伺える。そして、乙第二五号証の坂入國保の陳述、同証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件ゴルフ倶楽部は、平成三年七月二五日以来キャディーを三〇人用意し、キャディーなしでプレーをした会員は居なかったこと、会員の申込みは本件期間内絶えずあり、施設はフルに回転していたこと、コースで行われていた工事は、エスカレーターや防護ネットを設置する等の改良工事であり、コースそのものについて未完成なものはなかったことを認めることができる。ゴルフ倶楽部の提供するゴルフプレーの環境は、できる限り快適なものである必要があるが、どの程度の環境であれば快適なものといえるかについては個人差もあり、当初の開場当時は、なお芝も未成熟であるなど充分快適な環境を提供しているとはいえないとしても、日時の経過によって快適さも増加していくことが期待できる。そうすると、プレーをするについてある程度プレヤーに不快感を与えるような事象があったとしても、それが過渡的なもので受忍できるものであったのであれば、なおそのゴルフ場は会員に支障なくプレーをさせることができたものと認めるべきである。前記認定の事実によれば、本件ゴルフ場は、本件期聞内その提供するプレー環境の質の点において充分ではなかったとしても、それは会員が支障なくプレーをするについて妨げとなる程のものではなかったものと認めるべきである。なお、会員は、本件期間中下赤工地区方面からの接続道路を経て本件ゴルフ場に至ることができたのであるから、通行する道路の点においても、何ら支障はなかったものと認められる。

(九)  以上によれば、本件ゴルフ場の開場は、平成三年七月二五日であると認められる。そうすると、その開場は、本件入会契約において予定された開場期日より二年と五五日程度遅れてされたものということができる。

二  争点2について

右一において認定したところによれば、本件期間内における本件ゴルフ場の利用状態は、会員がそこで視察プレーができるとの通知を受け、午前一〇時スタートで一日二〇組八〇名のみプレーすることができ、ビジターの同伴はできないというものであり、当時いまだ埼玉県から都市計画法に基づく工事完了検査が未了であり、本件ゴルフ場においてその間視察プレーをする会員は、充分快適な環境でプレーをすることはできなかったが、なお一八ホールをプレーすることはできるというものであった。本件ゴルフ場は、このような状態にあったものの、なお本件期間内において入会契約をした者に対し、債務の本旨に従った履行を行っていたものと認めるのが相当であることは、右一において判断したとおりである。

三  争点3について

甲第五号証、乙第一六号証の二によれば、被告は、本件入会契約締結当時入会を勧誘するためのパンフレットには、本件ゴルフ場のコースレイアウトについて、「おおらかで戦略性に富むコースレイアウト」とか、「高低差わずか一〇メートル以内と、たいへんフラット」とか記載され、個々の予定コースのヤード数等も具体的に記載されていたが、買収できない土地が生じた等の理由から、完成後のコースレイアウトは予定されたものとはその大部分が変更され、コースの高低差も二〇メートル程度にまでなっていることが認められる。しかしながら、入会勧誘のパンフレットに記載されたコースレイアウトは、あくまでも予定であって、ゴルフ場開発という大規模な造成工事においては、造成の都合その他の事情からそれが変更になることのあることは、通常予想できるものというべきである。また、ゴルフ倶楽部に入会するかどうかを決定する者にとっては、コースがどのようなものであるかは一つの考慮要素ではあろうが、それが決定的なものであるとは考えられず、その立地の如何に比べれば遥かに比重の低いものであろう。以上によれば、パンフレットに記載されたコースレイアウトをもって入会契約の内容であるとすることはできない。したがって、予定されたコースレイアウトと異なるレイアウトのゴルフ場が建設され、プレーに供されたことをもって、被告の債務不履行とすることはできない。

四  争点4について

以上によれば、原告は、本件ゴルフ場が開場され、被告が原告に対し入会契約の債務の本旨に従った履行の提供をした後になって、被告に対し、開場及び債務の本旨にしたがった履行を催告し、その履行がないとして本件入会契約を解除したことになる。そうであるとすると、原告の債務不履行による契約解除の主張は、その主張する債務不履行がなくなった時点においてされたものとして、それ自体理由がないこととなる。原告は、本訴提起後、被告が開場時期を数年遅らせたこと又は被告の債務の不完全履行を理由として右契約を解除しているが、それは既に原告においても本件ゴルフ場が開場していることを認めている時期以後に行われたものである。ゴルフ倶楽部入会契約は、会員は年会費を支払い、ゴルフ倶楽部側は会員が支障なくゴルフプレーができるような施設や環境を提供する継続的な契約関係というべきであるから、既に債務の本旨に従った履行の提供が行われている時点において、過去の債務不履行を理由に契約を解除することは、その過去の債務不履行によって、現在契約の目的を達することができなくなっているという事情がある場合にのみ可能であると解される。しかし、本件において、原告は、そのような事情を何ら主張・立証していないから、原告の予備的解除の意思表示も効力を発生するものではないというべきである。なお、仮に原告が適時に契約を解除していたとしても、二年と五五日程度のゴルフ場の開場の遅れは、ゴルフ場建設という土地開発行為の規模やその困難性から社会通念上許容されるところであって、その債務不履行を理由とする解除事由とすることはできないものというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官河野清孝 裁判官竹内絵理)

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